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郡上について

郡上について

ひだまりほーむは、自然や文化と向き合う暮らしを提案します。

山の国・飛騨と水の国・美濃をつなぐ郡上。美しい森と清らかな水に恵まれた郡上。郡上では、水路を介して水を分け合うので、日々の暮らしに近所づきあいが欠かせません。水を介して人と人が当たり前につながっていて、自然や文化を大切にする暮らしを当たり前に営んでいるのです。ひだまりほーむが大切にしたいもの。それは、私たちを取り巻く人や、自然や、文化と素直に向き合う暮らしです。

森と水に育まれた岐阜の文化

『飛山濃水』

岐阜県は、飛騨山脈など山の多い飛騨地方と木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)が流れる平野部の美濃地方に分けられます。

3,000メートルを越える険しい高山が連なる飛騨。冬には厳しい寒さと降り積もる雪が人々を苦しめました。産業においては、地域の多くを山林が占めることから林業がさかんで、「飛騨の匠」と呼ばれる優れた技術を持つ大工を多く輩出しました。

一方、平地が多い美濃は温暖で暮らしやすく、木曽三川の恵みを享受しました。美濃和紙や関の刃物といった清らかな水を活かした産業が発達したほか、「長良川鵜飼い」が伝統文化として現代に伝えられるなど、川とともに発展してきた地域です。

明治の初め、二つの国がひとつになって、岐阜になりました。『飛山濃(ひさんのう)水(すい)』――それは、美しい森と川に育まれた、岐阜の豊かな自然と暮らしを象徴する言葉です。そして、飛騨と美濃をつなぐ場所に、ひだまりほーむの故郷・郡上があります。

郡上の暮らしに気づかせられること

水の都・郡上

ひだまりほーむのルーツは郡上の森ですが、多くの人の心に浮かぶ郡上は「水の町」です。豊かな森を背景に、風情ある水辺の風景を現代に伝える町。それが郡上です。

城下町・郡上に水路が張り巡らされたのは17世紀頃のことで、もともとは防火のためでした。その水路が現代に受け継がれ、今でも生活用水として使われる中で、水を分け合う独特の文化が育まれてきました。

郡上は、水路が多いから「水の町」なのではありません。郡上では水を分け合い、水を暮らしに上手に取り込み、水を通じて地域の人々がつながっています。水を介して生まれる人と人、人とまちのつながりが、郡上が「水の町」である所以なのです。

山の国・飛騨と水の国・美濃をつなぐ郡上。美しい森と清らかな水に恵まれた郡上。ひだまりほーむのルーツは、まさに「森と水がつくる縁」にあります。私たちの原点は、ここ、郡上の暮らしです。

難しくなった周囲とのつながり 郡上の暮らしに気づく

郡上の暮らしをじっと見つめている中で、私たちは「私たちが忘れかけている、けれども忘れてはいけないものがここにある」と気づきました。

ひだまりほーむが大切にしたいもの。それは、私たちを取り巻く人や、自然や、文化と素直に向き合う暮らしです。郡上では、水を介して人と人が当たり前につながっていて、自然や文化を大切にする暮らしを当たり前に営んでいるのです。

現代の私たちの暮らしを考えてみると、周囲との関係づくりが、だんだんと難しいものになってきているように思えます。地域の人や自然や文化とどんな距離を保つのか、多くの人が注意深くその距離を測っているのではないでしょうか。

自然との向き合い方はどうでしょう。慌ただしい毎日の中で、多くの人が自然の小さな変化に気づくことなく日々を過ごしているのが現実です。

地域の文化に関してはどうでしょう。あらゆる意味で便利になった現代では、地域の文化を顧みずとも日常生活に不都合はほとんどありません。培われてきた文化は日々の暮らしから消えつつあり、人々の関心は新しい流行に向いています。

ひだまりほーむは、そんな現状を「何か違う」と感じていました。近所の人との関係や自然や文化とのつながりは、そんなに難しいものではなかったはずなんじゃないか。もっと楽しいもの、もっと暮らしにやさしさをくれるものなんじゃないか。ひだまりほーむは、そんなことをずっと考えていました。郡上の暮らしは、そんな私たちにひとつの答えをくれたのです。

郡上に学ぶ、周囲と素直に向き合う暮らし

水路を介して水を分け合う郡上では、日々の暮らしに近所づきあいが欠かせません。水路を堰き止める際の声かけや掃除当番はもちろん、毎日の暮らしの中でお互いに配慮し合うのが当たり前です。

それは、決して堅苦しいものではありません。「迷惑をかけないように」「トラブルにならないように」といった注意深い態度ではなく、「隣の○○さんが困ったらいかんから、ちょっと言うとこか」というような、当たり前に相手を思いやる気持ちです。声をかけるという行動は同じでも、背景にある気持ちが全く異なるのです。

郡上の人々は、地域の自然や文化と当たり前のように寄り添っています。日々の暮らしの中に自然があり、文化がある。そんな日常を送っているのです。

人と、自然と、文化と、身構えることなく向き合っている。それが郡上の人々だと、私たちは気づきました。隣の人との他愛もないおしゃべりから元気をもらったり、毎朝眺める川のせせらぎに心が穏やかになったり。周囲とのつながりを無理につくったり、切り離したりしない郡上の暮らしは、人の心にやすらぎをもたらします。

ひだまりほーむは、周囲と素直に向き合う心こそ、現代の私たちが忘れてはならないものなのではないかと思うのです。