
(写真は参加者全員でビンゴゲーム)
今日は私が住んでいる大島10号組の新年会。集会所で11時から。
30軒の組ですが以前から新年会は家族全員が出ても会費は3000円、赤ちゃんから漸く動けるおばあさんまで参加。80人ぐらいになりにぎやかです。
最近では近所でも飲んだりするのは4月の井普請(川などの清掃作業など)と新年会だけ。子供が大きくなりPTAや子ども会も関係なくなりそんな機会もなくなった。全般的にこの10年ぐらいで私の周りやいなかででも近所付き合いもそういうことがなくなってきた。
しかし新年会でたまに会えば雪下ろしの苦労、子供や孫の成長、議会選挙、自分の健康や病気、飲みすぎた失敗談などなど。 話題には事欠かない。母(今年80歳)も結構おばあさん連中と飲んでいる。私は「乾杯の音頭」の中で「どうか組の皆さん、家族の皆さんが健康で幸せでありますように」と述べた。みんなの顔を見ていると心からそう思える。
子供たちの顔もほとんど知らない。自分も年をとっていく。しかし地域の中で暮らすことは何かの時に助け合える心強さがある。



親の転勤で岐阜に住んで早ウン十年。
地元、幼なじみ、という感覚が少々薄く育ちました。
大人になってからも、近場ですが移動を繰り返し
このたびやっと終の棲家を得ようとしています。
新天地で、何かお役に立てることがあればいいなと思います。
是非がんばってください。でもそう思われる方が少ない時代うれしいですね。
結局今の時代良かれと思っていろいろ行動していても、なかなか評価や気持ちが通い合えない。これだけ一生懸命やっているのに。そんな思いが増えてきたような気がします。
なるべく関わらない。
しかしそんな考えではいけない。誰しもが思っていると思います。
子供を育てるころ「わが子だけよければ」そんな考えもありましたが私はいつも話していたような気がします。
「田んぼってね水口(水口)は米の出来が悪いんだよ。でもどっかから水を引く必要がある。いもち病やすべての管理は田んぼ全体をやらないと反収は上がらない。一株だけ大事に育てることはできないよ」
地域の中でどう、生かされていくのか。なかなか時代とともにたいせつなことになってきましたね。