
昨日は養老町で地鎮祭に出席。お施主様はある会社の現役取締役。関東に名古屋から単身赴任。そして今回当地に「終の住みか」を建てられる。養老公園の北側で濃尾平野を見渡すには絶好のロケーションです。雪も降らないしうらやましい限りです。
その上棟式でも申し上げた「終の住みか」という言葉はその受け止め方が難しい。お施主様はどう受け取られたのかな?。
若いときにバリバリ働き、子供を育て上げ、人生の最後のステージに来てその時代を「ゆっくり、ゆったり、気持ちよく」暮らせる。夫婦仲良く自分の趣味を生かして張りのある暮らし。「終(つい)の住みか」はそんなシーンを思い描ける。そしてなりより「よくがんばったな」自分を褒めてあげる。「終の住みか」はそういう「住まい方」なのかもしれない。
午後から数件OB訪問。今年度から始まった「20年メンテナンス保証」のご案内を配る。久しぶりの笑顔を見て「住まい方、暮らし方」談義になる。「こういうシステムはいいですね」と具体的に直してほしい場所を挙げて「うれしいですね」といわれる。
1月までにはまとめていただくように御願いする。 それぞれ皆さん玄関先などおしゃれにそしてセンスよく住んでみえます。次の訪問が楽しみです。
access counter


「終の住みか」・・・日本語だと少しシリアスな響きですが、「セカンドライフ」と言い換えると同じ意味でも少しポジティブな感じがしませんか?
ようやく(!?)日本でもリタイヤ後の人生を謳歌しようという人たちが増えてきているような気がします。
私の父も来年定年を迎えます。
「セカンドライフ」を謳歌して欲しいものです。