
2007年8月


この絵本はちびっこのみんなが障害を持って見える方にどう接したらよいか?それは教えてあげればいいんだ。
という思いでかかれた絵本です。
興味がある方はモデルハウスにおいておきますのでお子さんに読ませてあげてください。

これで胸をはってお客様の資金のご相談にも乗れるというもの。
…かといってこれまでと変わらず、慎重に無理の無いようアドバイスしていくのは
変わりないのですが。

ワンシーズンに一尾は食べたいものです。
写真は郡上大和の道の駅の鮎です。一尾500円。
炭火で30分もかけてじっくり焼いただけあって大変おいしかったです。

でた~。ムシキングに広がりの間取りモデルハウスが襲われています。
…家に帰ると玄関の前に黒い物体が。カブトムシでした。
事務所に戻ってちびっ子がいる同僚にあげようとしたら、こどもがまだちいさいから…。
やっぱり逃がしてあげることにしました。
しかし、岐阜にもいるんですね~。まだまだ捨てたもんじゃない!!
小さいころよく飼ってたなぁ。きゅうりのにおいが懐かしいっ。

あ~負けてしまいました。
会議が終わって速報をみてみれば…。
今、試合内容のレビューを見て泣きそうになりました。
僕も競技は違いましたが青春時代の甘酸っぱい思い出を思い出しました。
そういえばお客様の息子さんも野球の試合がとかいってましたが…。
どうなったのかな?今度聞いてみようかな
なんにしろスポーツっていいものですね。





午前中にお邪魔したYさんちの はるくんの書いた家です。
上のはどうやら平面図らしく、玄関とはるくんの遊ぶ部屋とごはんを作るところ。
遠くまで見えるように階段もあるそうです。
でも階段のように見えるのは、なぜかカミナリだそうです。
下の絵はその裏に書いてあった家?です。
どちらも上手に書いてくれました。
また書いてくれるそうです。楽しみにしてます。
はるくん家をつくるときは参考にしますね
しかし自由でいいなぁ…

名電が負けた~ 。
今日の第一試合の結果 創価(西東京)3-1愛工大名電 だそうです。
東海勢が負けました。個人的に名電は好きなので残念。学生のころは良くアルバイトの通勤の抜け道として、名電のグランド横を通っていました。
ちなみに、大垣日大は金足農(秋田) と7回表1-1です。みんな応援しよう!!
さて今日も1日がんばります。
先程…といってもお昼休みに岐阜の柳津の酒屋さんでお酒を買ってきました。もちろん飲んでないです。仕事中ですし。いや、その前にお土産用だし…。明日京都に行くんですが、お会いする人がお酒が好きらしいので、早速岐阜の銘酒を買いに行きました。ちなみに養老の酒蔵の「れいせん」というお酒。。
お店のご主人のイチオシらしく、関西では有名な料亭に納めているそうです。日本酒はあまり飲まないので良く解りませんが、ご主人のウンチクにやられました。
はじめまして営業の鷲見鋼介です。ひだまりほーむでもついにブログが始まりました。これから日々つれづれに思うことなんかをあーでもなくこーでもなくUPしていきたいと思います。
今日は最初なので自己紹介です。
私は旧郡上郡白鳥町にある製材屋の長男として生まれました。当時の家は(今もそうですが)曾おじいさんが建てた古い家に増築を重ねたもので、いわゆる田の字型の旧来の家です。
9人家族という大家族でしたし、田舎ということもあり盆暮れ正月ともなると親戚中が集まります。そんなときは家中のふすまを外して大宴会となります。
そんな昔風の家と家族の中で育ちました。
小さいころから工場の製材機の甲高い音を聞きながら、資材置き場や、丸太の山積みになっている土場が私たち兄弟の遊び場というような、生活の中に木材というものが当たり前にありました。ですから私にとって木のにおいというものは、父と祖父のにおいなのです。
又、我が家の教育というものも少々変わっており、小さいころからあまり物を与えられなかった記憶があります。その代わり、毎年のように登山やキャンプに連れて行ってもらい自然の中で過ごす機会は多かったように思います。
小学1年生の頃と6年生の頃の2度、我が家の増改築工事がありました。1度目は祖父母の部屋の改修で水廻りも付け加えました。工事中は、入れ替わり立ち代り現場に入るいろんな職人さんについて回るのが楽しみで、毎日学校が終わると跳んで帰ってきたのを覚えています。
2度目のときは家と会社の事務所が棟続きになっていたのを、事務所部分と台所部分とと改築し、新しく玄関と居間、両親の寝室と水周りの増築でした。秋から冬にかけての工事でしたが、ブルーシートの貼ってある壁など気にならず、どんな家になるのかどきどきしながら見ていたのを思い出します。今思えば家をつくるということに何か楽しいイメージを持つのはこの頃の記憶からかもしれません。
2度の工事とも一番古い母屋にはほとんど手を加えずほぼ当時のままの姿ですが、2階の子供部屋の床だけ畳からフローリングに張り替えました。というのも私がアレルギー体質で、喘息の発作良く起こしていたからです。おかげで健康面では改善しましたが、古い家ということもあり冬場は少々寒い部屋になりました。
私が大学に進学するまでそういった環境の中ですごしました。
大学は、愛知県にある私学の建築学科でしたが、在学中は木造住宅に関する講義などほとんどありませんでした。建築史が好きで古い近代建築物や時には海外まで見に行ったものです。
もう一つ好きだったのは音楽で、進学後のアルバイトはナゴヤのコンサートホールでした。
それがきっかけでイベント企画などの仕事をするようになり、家と建築とは少し距離が出来ていました。その当時実家では住宅事業部が出来、会社としても変革の時期にありました。
そんな折、義理の兄でもある石橋さんより、「一緒にひだまりほーむをやらないか?」と誘われのがきっかけで鷲見製材に入社することになりました。当時はいろいろ考えましたが自然な流れだったように思います。
…という感じで今日は入社のきっかけまでにしたいと思います。長くなりましたが…。明日は入社してからのエピソードにしたいと思います。







































