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牛丸茎 「だってB型だもの」

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2008年10月

工務店の強み

OB感謝祭、森の見学ツアーなどなど・・イベントづくめだった10月もようやく終わりそうです。この10月をとおして、

ひだまりほーむは、たくさんのお客様に支えられて今があり、これからがあるんだ。

と、そんことをつくづく感じました。

なぜ、これだけのお客様がついてくれているのか?やはり、ひだまりほーむの理念に共感いただいてくれている方が多いからだろうと思います。

 1週間以上も前の朝日新聞に『林業 復活の芽吹き』と題された記事がのっていました。書かれていることは『資源囲い込み、途上国の需要なので外材が高騰し、国産材が注目されだしていること。しかし、国産材に対応できる工場が少ないこと。林業家の減少・山の荒廃などで使える木が少いという課題も多い。商社でも、つかいにくいからと国産材を敬遠する空気も依然と強い』というような内容です。

 この点でいけば、将来的には供給側に問題がでてくることは容易に想像でき、林業家の担い手をつくること、山の荒廃をとめることは急務の課題となってきます。

 じゃあ、商社、メーカーをなぜ手を打たないのか?
上場企業のような大会社は株主のために存在し、トップも利益をあげるため短期的な目標に追われてしまい、長期的視点に立つのが難しいのか?それとも、そんなことはお構いなしで、外国の土地ごと買う気でいるのか?それ以外にもっともっと良い方法を考えているのか?

どっちにせよ僕には本当のことはわかりませんが、ひだまりほーむという会社でいえば、利益うんぬんに関わらず、トップが変わることのない山に対する想いをもっていること。そして、役員、社員がその想いに共感し、全社で取り組む姿勢でいられること。
これこそ、大手ではできない、地方工務店だからこそできる、大きな強みだと、そう思えます。
 



18日、19日と郡上市大和で開催されたビジネスサミットに参加してきました。

郡上としては東海北陸自動車が全線開通し、北陸との交流がしやすくなったというチャンスがあり、一方で、素通り地になってしまうという危機感もある。
企業間同士、お互いの特性を生かし、よりよい発展ができるようにと、ビジネスマッチングをはかる目的で行なわれたイベントです。

個人的には、以前お世話になった企業が数社出展していたこともあり、久しぶりに顔をあわせることができ、また以前とは違う立場で(相談相手から同業他社もしくは異業種)話ができたこととあって、なかなか楽しいイベントでした。

ひだまりほーむでいえば、製材事業は長年地域に密着し営業をしているため、一般の方でもよく知られていましたが、こと住宅となると、営業所を岐阜にかまえているため、そこまで知られていないようでした。その点でいえば今回のイベントは地元にたいして、いいPRの場になったんではないかと思います。(さすがに郡上だけあって、現在の山の現状を憂れいている人も多く、話が長くなってしまう人もちらほら。)

いろいろとブースもみさせていただきましたが、感じた事は、やはりどこの企業も必死だということ。ひだまりも負けていられませんし、同じ郡上の会社として良い関係を保ちながら頑張っていきたいと思います。

再確認


先日おこなわれた、ひだまり匠の会、今期第1回目の部会に参加してきました。ご存知の方も多いとは思いますが、ひだまりほーむの建築現場を支える、協力業者達の会です。

今回は、『ひだまりのよさ』を話あい、もう一度そのよさを共有しようと言う事をテーマに部会を行ないましたが、いろいろと発見があっておもしろい部会でした。

匠の会に参加している業者さん達は、ひだまりほーむだけではなく、その他の工務店、ハウスメーカーでの仕事をしている方も多いですが、その話の中ではじめて知ったことがありました。

それは
『ひだまりほーむでは、施工中にお施主様がよく見学にきて顔をあわせることが多いが、ほかのところでは見学にこないし、顔をあわすことがほとんどない』
ということ。

工期やお客様の意識など、いろいろと理由はあると思いますが、建築において『安心・安全』というキーワードはお客様の要望の上位にはいるもの。にもかかわらず、この事実がとても意外。

この点からでも、それだけ、ひだまりほーむはきちんと『顔がみえる家づくり』に取り組んでいるし、みやすい仕組みになっている。あらためて確認できた部会でした。

長ったらしく自己紹介文を書いていますが、もう少しおつきあいお願いします。

資源がない日本。産業が空洞化してしまった地域経済。などなど・・
そんな理由で将来が心配なわけですが、これを払拭するに2つの方法がると考えています。

その方法のひとつが、
地域循環型の経済システム(ある大学教授は『地域内再投資』と呼んでいる)だとおもったのです。

つまりは、眠っている地域の資源の掘り起こしをする事。そしてその資源を元にして産業をおこなうこと。そのおこなったものを地域の人が消費し、その利益を地域に還元すること。

ひだまりほーむでは、輸入材に押されている国産材・県産材の消費、流通を促すことで、荒廃した森の活性化をめざし、またそれに携わる林業(地場産業だった)の活性化もめざしています。

また県産材、国産材で建てる家を、地域の職人さん達の手によってつくられることで、技術・産業を守ることができ、本物の家づくりを行うことで、職人の技術は生かさ、されには向上にもつながる。そして、着工式や引渡し式をはじめとした、顔が見える家づくりは、普通、エンドユーザーに関わることのない職人さん達にも、生の声が届くことで仕事に誇りや喜びを感じる事ができ、その生き生きとした姿は、そののちの事業継承にもつながると思うのです。

こうすることで得た利益(地域の職人の所得や僕達の給料)も、また消費や税金といった形で地域に還元するこになり、地域内で循環することにつながります。

こうした例は、由布院や栄村など全国にみられますが、共通する事は、自治体、企業、住民、そこに根をはる人達が本気となって取り組んでいる事です。

前職ではこういったことを考えていましたが、どうせなら、実際に取り組んでいる企業に入ったほうがわかりやすい。そう考えました。
続く・・

*郡上市八幡。東海北陸が金沢までつながり、はたしてどうなるか?



 


入社から1ヶ月以上がすぎました。今さらですが、自己紹介『最初に・・』のつづきを・・・

以前、書き込んだように前職では様々な小規模業者の方達と出会ってきました。
そこで感じた事は、『みんなその仕事に誇りをもっていること』。そして『日本経済の土台をになっている』ということでした。

例えば自動車。世界販売台数1位を誇るトヨタでも自社だけはまったく自動車を製造することはできません。数多くの下請け業者が関係する事で、ようやく作り上げることができるし、その部品1つとってもその業者の想いやこだわりがあったりします。

そんな日本経済を底辺から支える中小業者ですが、経済のグローバル化による産業の空洞化(地域地場産業の疲弊)、構造上の問題(下請け構造など)、市場原理主義による経済政策(大企業などの力があるところは金融・税制が優遇、反面、中小業者など力が弱いところは悪化)により、とても厳しい状態に置かれています。

自分自身、実際にたくさんの廃業を目にしてきましたが、事業主の高齢化、経済的に成り立たなくなった、その仕事に魅力を感じる事ができず、後継者ができないなど、事業の継続、継承がとても難しい時代となっています。
そんな状態を目の当たりし、ものすごく危機感をいだきました。

《ここからは私の思考回路》
世界が資源の獲得競争をしている中で、資源のない日本。
それならそうで金融経済立国を目指せばいいじゃん、と思った日本。(個人的な推測ですが)
ところが、アメリカの金融経済システムが破綻した。
じゃあ、日本はどうしていくの?
というより、グローバルでもない、金融もくわしくない、資産もない、
そんな自分や似たような人たちはどうすんだ?

その答えのひとつに、弊社ひだまりほーむのような取組みがとても重要なんではないか?そのように考えました。・・・続く



*木型やさんからいただいた蛇口型ライト。(餞別でいただいたもの)
  職人の技術が光る一点ものです。

秋晴れ


残り期限約1ヶ月と迫った決算処理のため郡上本社に出勤です。
今日はお施主様のご好意により美濃市にて内覧会開催。昨日は伊藤さんとともに、地元、関にてポストインに励んできました。
今日、明日と関からも沢山の来場者があることを祈りつつひたすら数字に向き合っています。

それにしても今日はパーフェクトな秋晴れで郡上もとっても暖かい



今週の天気がぱっとしなかったある日。なんせ郡上ではもはやストーブにたよらなければないくらいの寒さ。(上)

来週日曜は、郡上にて森の見学ツアーです。
今日のような天気になることを祈りつつ、当日はみなさんに楽しんでいただけるよう来週は準備に励みます。。

考える人

先日、突然社長からブログ管理の担当を任ぜられ、妙なプレッシャーを感じている牛丸です。
今回、進行中のブログも以前のように個人タイトルをつけることになり、ボクら新米たちに新たな課題がつきつけられました。

『タイトル』・・簡単なようでこれがなかなか思い浮かばない。かわるがわる隣のイスにやってきては、あーでもない、こーでもないと、悩むブロガー達。

『アイデアの一歩は情報収集から』 そんな王道をゆくイケメン片岡さんは情報を求め書棚にはりつき考え中です。

・・・・結局らしいタイトルにおちついた片岡さんでした。