
2007年8月













明日はついに「岐阜の木で家づくり支援事業」の第一回抽選会です。
ひだまりから5人応募してます。
20万円の助成金がかかっていますので緊張します
明日は会場(美濃市 森林文化アカデミー)からレポートします。
(自己紹介後半)
昨日に続き、自己紹介の後半です。なぜひだまりほーむで家づくりをしているのか!!!です。
大学卒業後は都市計画の設計業務を行う会社に就職した後、転職し数年間は生活の器である土地と建物を扱う不動産の仕事に従事していました。
不動産の業界では、土地の上に建っている建物は上物(うわもの)と呼ばれます。
建物自体の存在価値はほとんど見出されていないのが実情で、新築から20年経った家は価値ゼロと評価されてしまっていました。
街中で人々が暮らす器であるアパートやマンションなどは新しいものがどんどん建築され古い建物はどんどん壊されていきます。
愛着を持って長く住まうということが現在の日本人には中々できない。できる周辺環境が整備されていない現状をその頃から疑問に感じていました。
そんな思いが募り、住宅づくりの世界に飛び込みました。
住宅づくりと言っても、ただの家づくりではなく、学生時代からの思いを活かした家づくり、自然環境や木に対する思いなどにこだわった家づくりをしたいと考えており、ひだまりほーむにお世話になることになりました。
初めて鷲見社長に出会ったとき、地元の木を使い地元の職人さん達による次世代へ引き継ぐ(家そのものはもちろんのこと森林資源や職人の技術の次の世代に引き継ぐことも意味します)ことを理念とした家づくりが現実にできることを知り感動しました。
自分が理想としていた長く愛着を持てる家づくりを正に実践している会社があるんだと驚きました。
森や木に対する思い、スクラップ&ビルドの考えを変えたい、少しでも日本にいい財産(いい家)を残したいとの思いが一本の筋となってつながったのです。
現在私は自分と同じく建築にたずさわっている妻と2人で賃貸マンションに暮らしています。
2人で目指しているのは「ていねいに暮らす」ことです。
長く使える生活の道具を色々吟味して探し、植物や動物を育てること。
出来る限りゴミを減らす工夫をすること。
最近つくづく昔の人が考えて長年愛されてきたもののよさ、あたたかさを感じています。
今は、休みに時間があるときは、旅行も兼ねていい建物を見に出かけます。
美術館であったり、お寺であったり、旅館やホテルであったりです。
外国の風景と違い日本では住宅で美しいなと感じる街並みが少ないことをとても寂しく思います。
「日本の財産となる家を少しでも多く建てていきたい」が私の家づくりに携わるものとしての目標です。
私たちの考える家のよさを1人でも多くの方にお伝えして、1軒でも多くの「いい家」を作るお手伝いをしていきたいと日々考えています。
家づくりはとても楽しいです。
皆様とお話できる機会を楽しみにしています。
いよいよ私のブログもはじまりました。
先ずは簡単に自己紹介を書きたいと思います。
全2回です。先ずは学生時代まで・・・
(自己紹介前半)
私は学生時代、家づくりとは近いようであまり縁のない分野の学科を学んでいました。
内容は林学、都市の緑化、環境計画といった自然相手の分野でした。
これが後の家づくりの理念につながっていくとはこの時は全く考えておりませんでした。
子供の頃から外で遊ぶことが大好きで、父親が小さい頃からキャンプや山登り、魚釣りにカヌーなど私と弟の2人を休みの度に自然の世界へと連れ出してくれていました。
遊ぶことにはとても長けた子供だったと自分ながらに思い両親に感謝しています。
そんな幼少時代を過ごしたこともあってか、大学に進学するころには専攻していた分野も関係し「人が街中に居てもほっとする空間」「木々に囲まれた街中の公園」などをつくりたいと漠然に考えていました。環境問題やエコに関してもとても関心を持っていた学生時代でした。
大学の研究室では里山(住民と関わりの深い裏山のイメージ)と人との関わり、自然環境を守ることなどの考え方の基本を教わりました。
学生時代の実習では杉、桧の木を伐採したりなどの山仕事を体験したり、アルバイトで日本カモシカの生態調査の手伝いで1週間山の中を歩き続けたこともありました。
その体験や経験が街中で暮らしていては気づくことができない自然に対する思いや考え方の基礎となっているのかもしれません。
学生の頃、都市の公園を見たいと思いロンドンに旅行で訪れたことがあります。
そのときに感じた印象はとても強烈なもので、町並み、建築物の歴史の重みと統一感のある家々の様子にとても感動しました。
飛行機がロンドンの街に降りていくときに見た整然とした街並み(先ず屋根の色が一緒であること)、その灯りに飛行機の窓に張り付いていたことを覚えています。
逆に日本に帰って来た時に同じく飛行機から見た街の景観を一切考えない自分勝手な街づくり、住宅づくりをとても残念に感じて無力ながら何とかしたいと思ったものです。
では、次回は家づくりにたずさわるまでです。






































